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MOVIE

室井慎次 敗れざる者/生き続ける者

柳葉敏郎

「踊る大捜査線」といえば、邦画実写史上最高の興行収入を記録し、社会現象を巻き起こしたコンテンツだ。12年前に幕を閉じたはずのその伝説が、室井慎次を主人公に、いままた動き出した!演じる柳葉敏郎は、作品にどう対峙したのだろうか。

「嫌です、と言いました。もう室井はやりたくなかったので」

 シリーズの生みの親である亀山千広プロデューサーと脚本家の君塚良一から、最初に今作の企画が持ち込まれたときの柳葉の返事だ。

「室井は好きなんですよ。俺にいろいろなことを教えてくれた男だし、大親友だと思っています。ただ、俺がこいつを演じるのが嫌なんですよ(笑)。俺は役者としてイメージを固定されたくなかった。でも、いまの若い監督やプロデューサーは、室井のイメージの役をほしがるんです」

 最初に企画を聞いたのは、大阪だったという。

「すんげえ暑い日でした。梅吉を演っていたときです。事務所の社長から聞いて『いや無理』って言いました。実際、亀山氏と君塚さんに『俺を説得してくれたらやる』と言ってお会いしたんですけど、最初は喧嘩別れでしたね(笑)」

 梅吉とは、NHKの連続テレビ小説「ブギウギ」で柳葉が演じた役。ヒロインの父親で、情に厚い道楽者だ。「俺はそういう(自由度の高い)役を演じたかったのに、こいつ(室井)が邪魔したんですよ」と笑いながら語るが、あながち冗談ではないのだろう。TVドラマ「踊る大捜査線」の初期、柳葉が「(芝居に動きがなくて辛いから)殉職させてくれ」と訴え出たのは有名な話だ。

 ではなぜ、翻意したのか。

「本広(克行)監督も加えたお3方の、室井への〝愛〟が半端ないんですよ。めんどくさいなと思うくらい(笑)。それにこの年(63歳)になって、やっぱり恩返しをしないといかんという思いも大きいですね。室井慎次というキャラクターをこしらえてもらって、当たり役なんて言っていただけるのは、俳優として間違いなく感謝することなので。そこに収まりたくないというのは、俺のわがままともいえるんです。だから、4カ月くらいかかりましたけど、やると決断しました。君塚さんから亀山氏宛てのメールにあった言葉が胸に響いたのが決定打でしたけど、どんな言葉かは言いません(笑)」

 覚悟が決まってからは、全力で挑んだ。

「室井を演じるのに苦労はなかったです。彼は反骨心で生きているので、環境が変わってもそこさえブレさせなければいいので。唯一大変だったのは、ずっと背筋を伸ばしてたから背中がつったことです(笑)」

 室井を語るうえで欠かせないのは、青島俊作(織田裕二)と交わした〝約束〟だ。室井はキャリア官僚として現場の刑事が正義を貫ける警察組織にする、青島は現場でがんばるという、テレビシリーズから続く〝約束〟。これまで、そのために室井が組織で奮闘する様が描かれてきた。だが、今作での彼は警察を辞し、秋田で暮している。

「青島に会うまでの室井は、おそらくそこに目を向ける男ではなかったはずです。やらなければいけないことを見つけた、その責任が〝約束〟という形になったんだと思います。だから、いまの室井は悔しいんです。反骨精神は誰よりも持ってるからこそ、彼は映像にならなかった部分でも動いていたはずなんですけど、やっぱり組織という大きな壁を壊せなかったし、偉い人間にもなれなかった。約束を果たせなかったのはもちろん、やろうとしたことすべてがモノにならなかったわけですからね。それで官僚に見切りをつけて辞めて、自分に何ができるか考えたときに、自分が関わった事件で取り残された家族たち、というのが浮かんできたんでしょう。だから、タカ(齋藤潤)とリク(前山くうが・前山こうが)の里親になった。でも、どうしたらいいのかわからない、というのが今作の室井の状況です。自分を変えよう、いままでとは違うやり方で自分の生き様を示そうとしているんでしょうね」

 劇中で室井は、キャラ弁の本を借りたりして不器用ながらも親として努力している。柳葉から見て、そんな室井はどう映るのか。

「真面目なんですよね。彼の持ってる反骨心には俺も共感できるので、何かあれば親友として相談に乗ってあげたいなとは思います(笑)」

 室井たちはそれなりに穏やかな日々を過ごしていたが、猟奇殺人犯・日向真奈美(小泉今日子)の娘・杏(福本莉子)が現れ、さらに死体が発見されたことで、波乱が巻き起こる。演じるにあたり柳葉は、齋藤に最初の顔合わせでお願いごとをしたという。

「『俺の代わりにちゃんとリクのお兄ちゃんになって、しっかりと絆を作ってくれ』と言いました。俺は室井でいっぱいいっぱいだし(笑)、室井も里親として初心者だからね。齋藤くんは、何気なく動くことがちゃんとできてたから、安心しました」

 また、室井とは因縁深い、筧利夫演じる新城賢太郎も登場する。

「筧くんもね、室井へのリスペクトを語ってくれるんですけど、室井へのアピールの仕方が半端ないんでよ(笑)。『ほんとごめん、今回もありがとね』って伝えました。演じるにあたってのパフォーマンスも、見ていて頭が下がる思いでした。新城もシリーズの中で変わってきていて、それを踏まえた現在の彼の振る舞いが『考えてるなあ』って感じなんです。筧くんが見事に表現してくれた新城の男気は、いま思い出しても胸がいっぱいになります」

 『室井慎次 敗れざる者』の完成品を見て、涙が止まらなかったという。

「室井としてなのか柳葉としてのものか、何の涙なのか、いまだにわからないです。はじめての経験でした。見てくださった方の反応がいろいろ出てきたら、わかってくるかもしれませんね。スーツとコートという鎧を脱いだ新しい室井を、楽しんでほしいと思います。彼の生き方や佇まいが、見た方の生活やメンタルに何かの形で結びついてくれたら、俺は役者冥利につきます」

 「踊る」というプロジェクト全体がどんな存在なのかを聞こうとしたら、「それはもう、俺の知ったこっちゃないです」と笑いながら遮られた。

「そこに関してはもう、俺が何を言ってもかなわないんですよ。作る側と、見てくださる方々が積み上げてきた作品に対する思い入れに。もうね、大感謝なんだけど、大迷惑なんです(笑)」

 にこやかに言い放つ。

「感謝だけだと嘘っぽいなあと思う。真反対の大迷惑という感情と両方が俺の中にあるから成り立つのかな。俺の持っていた引いた気持ちよりも、作品に携わる人たち、それは見てくださる方も含めてですけど、その情熱や愛情が上だったということです。その思いを達成できるのは、室井を演じる俺しかいないわけですから」

やなぎば・としろう

1961年1月3日生まれ、秋田県出身。1984年、劇団一世風靡セピアのメンバーとして歌手デビュー。86年、映画『南へ走れ、海の道を!』で第10回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞、以降TV、映画、CMなどで幅広く活躍。『さらば愛しのやくざ』で第33回ブルーリボン賞助演男優賞、『踊る大捜査線 THE MOVIE』『踊る大捜査線 THE MOVIE2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』で第22回、第27回日本アカデミー賞助演男優賞を受賞した。

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