社会現象を巻き起こした伝説的コンテンツ「踊る」プロジェクトの12年ぶりの新作に、齋藤潤が重要な役で出演している。齋藤といえば、映画『カラオケ行こ!』で鮮烈な印象を残し、ドラマ「9ボーダー」などでも活躍している、いま最注目の若手俳優だ。「踊る」プロジェクト初体験の彼は、どんなふうに作品と向き合ったのか。
この世界の一員になれて幸せです
1997年に連続ドラマとしてはじまった「踊る大捜査線」は、警察組織を会社としてコミカルに描きつつ、人の信頼や信念に真摯に向き合った傑作と高く評価され、熱狂的なファンを多く生み出した。2003年の映画『踊る大捜査線THE MOVIE2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』が打ち立てた興行収入173.5億円という邦画実写史上最高の大記録は、20年以上経ったいまも破られていない。多くの伝説を残した「踊る」シリーズは、12年の『踊る大捜査線THE FINAL 新たなる希望』で幕を閉じた……はずだった。
12年ぶりに動き出した「踊るプロジェクト」は、当初極秘に進行された。齋藤潤が受けたオーディションも「プロジェクトM」とされ、作品名は公表されていなかったという。
「『決まったよ』と聞いた時はすごく嬉しかったんですが、どんな作品かわからなかったです」
2007年生まれの齋藤には「踊る」の記憶はない。
「伝説の作品のプロジェクトと知って、驚きました。両親に『私たちの世代からの作品で、知らない人なんかいないくらい有名だよ』と聞いたりして、だんだんと嬉しさだけじゃない気持ちになって。そんなお話の世界に自分が参加できるなんて、すごいことだと思いました」
「踊る」シリーズを通しての主人公は、織田裕二演じる所轄の捜査員・青島俊作。だが今作はタイトル通り、彼と対をなす室井慎次の物語だ。柳葉敏郎演じる室井は警察のキャリア官僚で、青島と交わした〝約束〟を果たそうと、現場の捜査員のために尽力し、警察の組織改革などに邁進してきた。だが、その理想を果たせずにいまは警察を辞し、故郷・秋田で暮らしている。
齋藤が演じた森貴仁ことタカは、事件の被害者や加害者家族を支援したいという思いを抱いた室井が、里親となって育てている少年だ。
「2部作というのは初めてでしたし、タカはその両方に存在する重要な役どころです。4カ月かけて撮影すると伺いましたので、どんどん役を深められたらいいなと思いました」
自身から見て、タカはどんな人物なのだろう。
「彼は母親が殺されるという、人生でとても大きな出来事を経験している高校生です。その事件のあとで室井さんの家に住むようになりますが、室井さんと出会う前と後のタカの違いは、はっきり出したいなと思いました。室井さんの過去をちょっと聞いたりして、自分も警察官になりたいと思ったりするくらい、室井さんから影響を受けているんです。事件の犯人と向き合う強さも、室井さんと出会ったからこそ生まれたと思うので、そこはブレないようにしたいと思いました」
最初に、シリーズ生みの親の亀山千広プロデューサーから「作品を背負っていく1人として緊張感を持ってほしい」と話があったという。
「〝『敗れざる者』は、タカが中心に来るシーンを見せ場として盛り上げたい〟と、亀山さんと本広(克行)監督に伺いました。『踊る』の最新作に出演できて、しかも見せ場が自分にもあるというのは、考えただけでもすごいことだと思いました」
スタッフの数と意欲の高さにも圧倒されたようだ。プレッシャーは大きかった。
「でも、やるからにはプレッシャーに囚われすぎてもいけないなって。面会室のシーンは現場で空気感を感じるだけでは難しかったので、室井さんとの出会いによって変われた実感を自分の体で体験して、撮影中にそれを積み重ねて、その感じた体を持っていくのが最適だなと思いました。撮影は終盤にしてくださいました」
柳葉とはどんなやりとりがあったのか。
「みんなで東宝スタジオに集まった初顔合わせの時から、優しい方だと思いました。このシリーズに初めて参加する僕や福本(莉子/日向杏役)さんやくうがくんこうがくん(前山くうが・こうが/リク役)に、この作品に対する思いを教えてくださって。室井さんへの愛を持ってやってほしいとおっしゃってました」
その思いは、撮影現場でより深く感じたという。
「現場に入ると、オーラも雰囲気もすごいんです。衣装やメイクの力もあると思いますけど、長く演じてらっしゃる室井さんへの思いは強くて、ブレない。それを僕たちに伝え続けてくださいましたし、そこが軸になって僕たちも居るんだと感じました。段取りなどをしてると、柳葉さんは『室井はこうじゃない』と言われる時があるんですよ。こだわりというだけじゃないんだろうなと感じました」
実際に、柳葉からのアドバイスが形になったシーンはあるのだろうか。
「最初のほうで、死体が発見された後にリクと3人で『捜査するの?』と話すシーンがありますけど、僕の想像ではずっと座ってるイメージだったんです。でも実際は、家中の空間を全部使って動いて会話するシーンになりました。それは、柳葉さんが提案してくださったって。段取りでも、僕がいろいろと挑戦する機会を作ってくださって、何回でも付き合ってくださいました」
本広監督はもともと役者の挑戦を柔軟に取り入れる演出をする監督だが、初顔合わせの齋藤がそんなふうにのびのびとチャレンジすることができたのも、柳葉のおかげだった。
「柳葉さんが、『本広監督には何でも言いな』と言ってくださったんです。監督に『こうやってみていいですか?』と伺うと、試させてくださった。相談したい時もすぐにお時間をとってくださいました」
印象に残っている柳葉の言葉がある。
「クランクアップの日に少しお話できて。『いろいろ動いてもらってごめんね。室井は自分から動くような人じゃないから、画としてもタカに動いてもらう必要があったんだ』って。『いろんなこと言ったけど、ありがとう』って言ってくださって嬉しかったです。いまでも忘れられない、心に残っている会話です」
俳優としての大先輩であり、現場のお父さん的存在だった。
「1人ではできないことが多すぎました」
今作に参加したことで、齋藤が得たものは大きかった。
「お芝居の技術的な部分はもちろん、学ばせていただくことがたくさんありました。僕が知らなかった知識も、柳葉さんご自身の体験として話してくださったり。自分の視野は確実に広がったと思っています。それに、『作品をつないでいく』という重要さ、大切さを体感させていただけた。何十年と続く作品はなかなかないと思いますがけど、今回出会えて、その一員になれて、すごく幸せでした」
奥の深い「踊る」シリーズには、映画のゲストキャラクターを主人公にしたドラマも存在する。もしやこの先、タカが主人公のドラマも……?
「タカが警察官になって、長男として室井さんの意志を継ぐといった作品があったらとても嬉しいですけど、タカは勉強を頑張らないと、ですね(笑)」
挑戦したいし経験したいです
24年1月に公開された『カラオケ行こ!』で、主演の綾野剛扮するヤクザに歌を教えることになる合唱部の中学生を演じ、大きな話題となった齋藤。それ以前から、ドラマなどで目黒蓮や岩本照、磯村勇斗らの幼少時代を演じていたが、『カラオケ~』から圧倒的に注目度が上がった。周囲からの反応も変わったようだ。
「『よかった』と言ってもらえることが少しずつ増えました。周囲からの声は、自分の中ではすごく支えになっています。ただ、それがすべてになる自分はちょっと怖いです」
自身を客観的に見る目をしっかりと持ちつつ、さらに別の芝居に対するモチベーションもあった。
「挑戦したい、経験してみたいというのが、自分の中では大きいです。あと、現場が好きという気持ちです。こんな作品がやりたいというのは、自分の中にはありますけど、それだけじゃないものをやりたいです。自分で狭めず、何でも知っていきたいし、体でちゃんと感じていきたい。その時に頂いたお話が、だいたい『やりたいもの』になるタイプです(笑)」
さまざまな役に対応するための、自身のアピールポイントは?
「え……っ!? いや、それはわからないです。ほかの俳優の皆さんはわかってらっしゃるんでしょうか。考えたこともないです(笑)。僕はただ『役を頂けた! その作品に向かって頑張るぞ!』ってなります」
いま、頑張れるフィールドが広がり続けている。それはとてもラッキーなことではないか。
「そうだと思います。その環境は、当たり前じゃないと思っています。〝初心を忘れない〟というと簡単かもしれないですが、前に〝こうなりたい〟と思い描いていたことと、現時点の状況を比べると、ぜんぜん違う。それは忘れずにいたいです」
なりたかった自分とは?
「僕は、映画『キングダム』の山﨑賢人さんにあこがれて、見てる人に感動を与えられる人になりたいと思って俳優を目指しました。実際にやってみて変わったこともあるけど、中心はそれです」
たとえば今後『キングダム』の続編が作られるとして、オファーが来たら、どうする?
「え……! いや、無理です、できないです、好きすぎて(笑)。自分は関わらず遠くから見ていたいです。でも、もしお話を頂けたとしたら、すごくすごくすごく、嬉しいと思います! やらせていただくかなあ。わかんないです(笑)」
この先の、俳優としての目標は?
「俳優として、名前をちゃんと言っていただけるようになりたいです。あと、『任せたい』と言っていただけるようにも。僕、その時に頂いている作品や役で、私生活も頭いっぱいになるんです。そういうふうに向き合うことをやめないでいたいなと思っています」
そのために努力していることはあるのだろうか。
「映画や作品を見ることはしています。体を動かすことも最近は少しずつやってて。必要になった時にすぐにできるように準備をしていたいと思っています。あとは、ちゃんと自分に正直に生きたいという感覚を持って、自分の気持ちと常に向き合っていたいです。それに、これまでは『出演させていただきました』という感じだったんですけど、ちょうどこの作品くらいから、自分もその一員なんだという自覚を持たないといけないという課題が見つかって。作品に対する責任みたいなものが芽生えてきました」
真面目で純粋で、でもまだ不器用な部分もあって、目が離せない。俳優としてどんどん大きくなって、きっとまた、とびっくりの役で驚くような表情をたくさん見せてくれるのだろう。それはおそらく、遠い未来ではない。
2007年6月11日生まれ、神奈川県出身。2019年デビュー以降「トリリオンゲーム」(23年)、「恋する警護24時」(24年)、「9ボーダー」(24年)ほか多数のテレビドラマに出演。映画作品では『正欲』(23年)、『カラオケ行こ!』『からかい上手の高木さん』(24年)などに出演し注目を集める。映画『366日』(25年1月10日)が公開待機中。