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MOVIE

多賀谷浩子の映画に耳をすましてみれば

大人になる程、深まっていく映画の愉しみ。今月のテーマは「ミニシアターの冒険」です。

時代の変化とともに

 おとナビ読者の皆さんは最近、何かに触れて、時代が変わったなと思ったこと、ありましたか? 映画館で上演される映画も刻々と変化していて、例えば、80年代から始まったミニシアター・ブームといえば、『バグダッド・カフェ』や『パリ、テキサス』、『恋する惑星』などのヒット作が思い出されますが、あの頃、若者だった世代が大人になるに連れ、以前ほどはミニシアターに人が集まらなくなった今。派手ではないけれど、誰かにとっての特別な1本になるような、ひっそりした輝きを持つ映画が公開されることが少なくなってきているのを感じます。

なので、この夏公開される『時々、私は考える』を観た時に、たまらなく懐かしい気持ちになりました。2015年からの『スター・ウォーズ』シリーズでヒロインのレイ役を演じているデイジー・リドリーが主演なのですが、あとは日本で無名の俳優たち。けれど、監督のレイチェル・ランバートは、脇役を作らず、オレゴン州アストリアの港町にある小さな会社の社員たちをひとりひとりユーモラスに味わい深く描きます。ちょっと話が飛びますが、2年前にヒットしたドラマ『silent』は澄んだ空気が印象的で、7月に始まった同じスタッフ陣のドラマ『海のはじまり』にも魅力的な、あの空気が満ちていて引き込まれますが、この映画にも同じような空気感があります。それは、デイジー演じる主人公フランの人柄によるもの。コミュニケーションが苦手な彼女は、雑談好きな社員の中にいても、ひとり黙々と仕事をします。だから、彼女の周りだけ孤独な、どこか澄んだ空気が流れている。家に帰っても、彼女はひとり。その淋しさから彼女を救うのは、決まって頭に思い浮かぶ、ある空想。

 そんな彼女の会社に、新入社員としてやってきたのが、体が大きくて服のセンスがいいロバート。彼の出現によって、少しずつ自分の殻を破ろうとするフランの、ほんの数日間の出来事が描かれているのですが、一見すると何気ない日常を描いているようで、実は彼女を淋しさから救う空想が、この映画のテーマになっていて、描かれるエピソードが緩やかにそこに結びついている。これみよがしではないけれど、巧みな脚本なのです。フランもロバートも二人とも不器用で、今いる場所から変わろうとする彼女のもがきが、なんとも愛おしく心に響く。その変化は、本当にかです。人に話したりはしないけれど、彼女にとっては本当に大切な、些細な変化。外から見たら微かな、日々の中の兆しに心を揺さぶられる、愛すべき1作です。

劇場公開日 7月26日

レイチェル・ランバート   デイジー・リドリー  デイヴ・メルヘジ、パーヴェシュ・チーナ   2023年製作/93分/アメリカ 原題:Sometimes I Think About Dying 配給:樂舎 ©2023 HTBH, LLC ALL RIGHTS RESERVED.

こんなワクワクする冒険も

 ミニシアターでヒットが生まれにくいといわれる昨今ですが、こんな野心に満ちた作品も公開されます。村上春樹の短編を、アニメーション作家であり映画音楽家でもあるフランスのピエール・フォルデスが監督・脚本、そして音楽を手がけた作品。タイトルになっている『めくらやなぎと眠る女』をはじめ、全6編をもとに描いているのですが、監督自身がアニメ作家であり音楽家ということで、原作との間にアーティスト同士の共鳴が感じられます。フォルデス監督の中に6編を取り込んで、鮮やかに自身に訴えかけてきたところをつないで構成したゆえの、つなぎ目のわからない、映画が1本の体をなす感じがあって、絵のトーンも音楽のトーンも監督自身の生理から出ているので、すべてが統合されて、村上作品のトーンや五感に響く生々しさが生まれている。アニメーションだから成し得た、原作との響き合い。特筆すべきなのは、深田晃司監督が演出し、磯村勇斗をはじめ、魅力的なキャストで日本語吹替版も上映されること。6編の中の1編「かえるくん、東京を救う」の「かえるくん」も登場。本国版では監督が声を担当していますが、日本語版は古館寛治。なんだかいいのです、かえるくん。

劇場公開日  7月26日

  ピエール・フォルデス   村上春樹 ライアン・ボンマリート、ショシャーナ・ビルダー、マルセロ・アロヨ  2022年製作/109分/フランス、ルクセンブルク、カナダ、オランダ合作原題:「Saules Aveugles, Femme Endormie」英題:「Blind Willow, Sleeping Woman」配給:ユーロスペース、インターフィルム、ニューディアー、レプロエンタテインメント Ⓒ 2022 Cinéma Defacto – Miyu Productions - Doghouse Films – 9402-9238 Québec inc. (micro_scope – Productions l’unité centrale) – An Original Pictures – Studio Ma – Arte France Cinéma – Auvergne-Rhône-Alpes Cinéma

 そして、こちらも野心作。時代劇は作るのにお金が掛かりますが、自分たちで資金を集めて撮る自主映画でありながら、侍の映画を完成させた画期的な作品。幕末の侍が、タイムスリップした先が京都の時代劇撮影所だったことから、斬られ役として生きていくという設定も面白く、その後の展開にも意外性あり、1本通ったドラマあり、笑いと涙あり、老若男女が楽しめる昔ながらの「活動写真」のよさが。わずか10人ほどのロケ隊で撮影したそうで、映画を撮りたい気持ちがあれば、こういうこともできるのだという希望を感じさせてくれる爽快作。ぜひ映画館で!

劇場公開日 8月17日

   安田淳一  山口馬木也、冨家ノリマサ、沙倉ゆうの  殺陣:清家一斗 特別協力:東映京都撮影所  2023年製作/131分/日本製作・配給:未来映画社 Ⓒ2024未来映画社

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