「孤狼の血」の著者・柚月裕子による同名小説を映画化した『盤上の向日葵』。本作が初共演となった坂口健太郎と渡辺謙は、共演を通しお互いにどんな印象を抱いたのか。それぞれが演じた役への思いや撮影秘話とともに、2人の俳優としての共通点などについても語ってもらった。
10月31日(金)公開
どこか同じ空気感を持つ2人が作り上げた桂介と東明の関係性
昭和から平成へと続く激動の時代、山中で身元不明の白骨死体が見つかった事件を背景に、過酷な人生を生きる天才棋士がたどる数奇な運命を描いた映画『盤上の向日葵』。本作で主人公の上条桂介を演じた坂口健太郎と、桂介と出会い彼の人生を狂わせていく伝説の賭け将棋の真剣師・東明重慶を演じた渡辺謙は、将棋に魅せられ、壮絶な運命でつながる2人をどう演じたのか。相容れないようでいて実は鏡合わせのような桂介と東明の複雑な関係性を丁寧かつ緻密に作り上げた2人に、その過程を聞いた。
――まず坂口さんが上条桂介という人物に対しどんな印象を受け、その人物像をどう捉えていたのかについて、教えてください。
坂口 正直、大変な役だなと思いました。ストーリー自体、ものすごく濃密なものだなという印象を受けましたし、とにかく桂介はいろんなことに巻き込まれ、翻弄されて生きていくキャラクターなので……。東明という人物に対しても、憎しみや愛情、憧れ、いろんな感情を抱きつつも、彼に救ってもらうような瞬間もあったりするし。とにかく一筋縄ではいかない複雑な感情を持ちながら、その1つ1つがとても粒立っているというか。全てがふわっとあるわけじゃなく、全部の色が濃いし。だから表現する上では、放出するというよりは自分の中でいろんなことに蓋をして、時々それがバツッと外れた時に……例えば(桂介の父親を演じた)音尾(琢真)さんとのシーンなどでは、いろんなものが表に出てきたりする。その蓋をしている時の感情を含め、本当に全てが粒立って濃い色だったので、そういう意味で、演じるのがすごく大変そうだなと感じました。
――実際、桂介をどんなふうに演じようと思っていたのでしょうか?
坂口 天才棋士という点はそれほど意識しなかったのですが、〝聞くこと〟と〝見ること〟については、しっかりと比重を置いて演じようと思っていました。もちろんそれはどの役でもやっていることなのですが、今回は特に、例えば東明と兼埼元治(柄本明)が真剣師同士、大金を賭けて対峙するシーンなどでは、桂介は目の前の対局を見ているだけだったりするので。そういう場面で〝次はどんな芝居が来るんだろう〟〝どんな事が起こるだろう〟と目の前の2人の動きや表情、息遣いを見聞きして、その瞬間ごとに解釈して返すような。そういうお芝居を大事にしたいと思っていました。
――渡辺さんは、東明重慶という人物をどのように捉え、どう演じようと思っていたのでしょうか?
渡辺 正直、久々にこんなに一貫性のない役をもらったので、ちょっと面白かったです。東明という人物は、一体どこへ行きたいのか、何がしたいのか、そういうものが全くつかめない。もちろん将棋という真実だけは彼の中にあるんだけど、それ以外は何が本当なのか嘘なのか、全然わからない人なので。だから僕も、あんまり正解や答えを持たないで役に入りたいなと思っていました。たぶん、東明自身もどこに向かっているのか、どこに辿り着くのかなんて、わかってないと思うんですよ。それがある意味彼のミステリアスな部分だったり、魅力だったりもするというか。輪郭がクリアじゃない、その実体のなさが東明という人物の面白さなんだろうなと感じたし、それは映画を見る人たちにもわからなくていいんだろうな、と思いながら演じました。
――東明の桂介に対しての気持ちは、どんなふうに捉えていましたか?
渡辺 最初は、東明はただ桂介を面白がっていたんだと思うんです。彼の内側に、何か計り知れない、理解しがたいものがあるというのも感じながら、でも別にそれが知りたいわけでもなくて。ただ〝こいつには将棋しかないんだろうな、将棋することだけが魂を揺さぶるんだろうな〟っていうことを、ある種の確信を持ってわかっていた。だからこそ彼を(将棋の世界に)引きずり込んでいくんだろうなと思いました。
――将棋のシーンに関しては、例えば駒の置き方など、棋士によって指し方にも癖があったりすると思うのですが、お2人がそういった面で意識していたことがあれば教えてください。
渡辺 東明に関してはとにかく悪手だから、わかりやすく言えば正当派ではない将棋なんです。もちろん正統派な型で将棋を指していた時代もあったんだろうけど、今はとにかくどんなに汚く卑怯な手を使ってでも勝ちゃいいんだ、みたいなところがある。だから対局中に、相手を揺さぶるように立ち上がったりとかもするし。そういう、トリッキーな感じをイメージしました。逆に桂介の方はもう、正統派だからね?
坂口 そうですね。なので〝この場面では人差し指と中指で駒を持って〟みたいに細かく考えるようなことはなかったですし、ある程度将棋を理解していて、経験もあるという背景がすでにあったので、これといって何か意識した事とかはなかったんですけど。ただ桂介は、ストーリーと共にちょっとずつ変化していくので……。例えば最初の方では(桂介に将棋を教えてくれた)唐沢(小日向文世)の指し方の、持ち時間中に耳たぶを触る癖を真似していたりするし、後半に差し掛かってくると、服装も含めてどこか東明の香りがする指し方をするような表現も出てきたりするので、そういう点は気に掛けながら演じました。
<続きは、日本映画navi AUTUMN Special2025をご覧ください。>
写真/栗原達也 文/深田尚子 ヘア&メイク/[坂口]廣瀬瑠美 [渡辺]倉田正樹 スタイリスト/[坂口]壽村太一 [渡辺] JB
さかぐち・けんたろう
1991年7月11日生まれ、東京都出身。14年『シャンティ デイズ 365日、幸せな呼吸』で俳優デビュー。近作に映画『パレード』(24年)、テレビドラマ「Dr.チョコレート」「CODE-願いの代償-」(23年)、配信ドラマ「愛のあとにくるもの」「さよならのつづき」(24年)など。
わたなべ・けん
1959年10月21日生まれ、新潟県出身。1982年に俳優デビューを果たし、84年『瀬戸内少年野球団』で映画デビュー。近作に映画『ザ・クリエイター/創造者』(23 年)『国宝』(25 年)、テレビドラマ「TRUE COLORS」(25年)など。『木挽町のあだ討ち』(26年2月27日)が公開待機中。
