俳優・アーティストとして活躍する北村匠海が、自身の初監督作で主人公・彼方に指名したのは、19年の映画『十二人の死にたい子どもたち』で共演して以降、俳優として、友人として、親交を深めてきた萩原利久だった。そのオファーに対し「断る理由が全くなかった」と快諾したという萩原は、本作で演じることになった彼方という人物をどう捉え、カメラの前に立ったのか。北村監督ならではの演出にあふれていたという撮影エピソードの数々を聞きながら、萩原自身の俳優業への思いについても語ってもらった。
2/7公開 ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開
北村から俳優として役を託されたことが嬉しかった
「匠海とは物の見方みたいなものが限りなく近いところがあって。全然違う人間だし、普段やっていることも経験してきたことも違うけど、何かを前にした時の向き合い方というか、ピントの当て方がすごく近い。ほぼ重なってる? と言えるぐらい、似ているなと感じる時があるんです」
そう語るのは、短編映画『世界征服やめた』で初監督を務めた北村匠海から、主人公・彼方役を託された萩原利久だ。北村監督は萩原にこの役をオファーした理由を、「自分みたいな役者が誰かと考えた時に、浮かんだのが利久だった」と語っているが、萩原自身、その言葉には納得できる部分が多かったという。
「本作の脚本を読んだ時に、彼方という役を匠海が演じている姿がすごく想像できたんです。当たり前だけど、脚本を読む時って、自分がやる役については自分が演じるところを想像しながら読むので、そこで他の人の姿が浮かぶことなんて普通はなくて。それは自分にとっても初めての経験でした。そういう意味では、匠海が僕にこの彼方という役を託した感覚はきっと間違っていないんだろうな、と感じたし、同時に、匠海から(萩原ならどう演じるのかと)すごく試されているような気持ちにもなりました」
実際、オファーはどんなふうに萩原のもとに届いたのか。
「オファー自体はちゃんと事務所を通して来たのですが、その前触れというか、脚本を書いている段階の時に実は匠海と会っていて。普通にご飯を一緒に食べた時だったんですけど、そこで『今ちょっと脚本を書いてるんだ』っていう話を聞いて。『いつかこれを撮りたい』と言っていたので、その時点でもう『それ俺、絶対出るわ』と話していたんです。ただ、自分としてはもっと先の未来の話かなと思っていたら、そこから正式にオファーが来るまでが予想より何倍も早かったので、そこにはすごくびっくりしました」
驚きはあったものの、北村からのオファーを「断る気はさらさらなかった」と萩原。
「前提として友達という関係はありつつも、こんなふうにいち俳優として望んでもらえることがすごく嬉しかったし、何より匠海の初監督作なので。彼が今後絶対に何度も振り返るであろう、(心に)残る作品に参加させてもらえるということは、自分にとってもすごく特別なことだと感じました。たぶん、内容や役がどんなものであっても、僕は引き受けていたと思います」
萩原が演じた彼方は、日々の不満を平然と口にし白黒をはっきりとさせたがる同僚の星野(藤堂日向)の隣で、社会の中で生きるうちに自身の存在意義を見失っていく内向的な青年だ。萩原自身は、この彼方という人物をどう捉え、演じようと思っていたのか。
「彼方という役は、台詞も少ないし、主に受けのお芝居が多いキャラクター。それだけに、現場に入ってみないとわからないな、と思う部分が多かったので、脚本の段階で役を掘り下げるということはしませんでした。というのも、脚本上ではもちろんそこで起こることや会話は描かれているものの、その時点では日向くんはこの台詞をこう言うかもしれない、こう動くかもしれない、こんなことをするかもしれないっていう、想像しかできなかったから。日向くんからどんなものが飛び出してくるのかがわからないぶん、やってみるしかないなというか。そこで生まれてくるものをキャッチして初めて(彼方と星野の関係性が)成立するのかなと感じたし、そこで出る表情や感情こそがこの映画においての重要なピースになるような気がしたので、僕としてはそこにアジャストしていきました」
監督から求められたのはただそこで生きるということ
実際、藤堂と芝居をしてみた印象はどんなものだったのだろう。
「日向くんには、繊細な部分もありつつ、やっぱり僕ら(北村&萩原)にはない色、僕らにはないチャンネルのエネルギーがあるというか。そこに立っているだけでちょっと周りを明るくするような強さがある。星野という役自体、(オンオフでいうところの)オンの部分が強く、特にラスト近くのシーンでは、エネルギーを暴力的なまでに吐き出すような場面もあったので、脚本の段階から彼がどんなふうに星野を演じるんだろう、とちょっとドキドキしていました。その上で、僕としてはとにかく受け皿を大きくして、彼がどう来ても常に応えられるようにして、撮影に臨みました」
北村監督は、現場でただ「生きて」とだけ伝えてカメラを回すという演出法で撮影に臨んだというが、作品を見てみると、ある意味それでしか描けないものが確実にあったこともしっかりと伝わる。
「本当にそうだと思います。そもそも冒頭のシーンから、テストも何もせずにいきなり本番で15分ぐらいカメラを回していて。誰が1ページにも満たないシーンで15分の長回しを想像できるの!? とも思いましたけど(笑)、そういう点からも、匠海が撮りたい画っていうのは本当に“生きる”というものなんだな、と思ったし、その中で生まれていくものを撮りたいんだろうな、というのも感じました。それもあってか、具体的なプランについての議論とかはほぼしていなくて。現場に入っても『歯ブラシがここにあります』という感じで、物がどこにあるかを含む場の説明ぐらいしかされなかった。『こっちからこう撮りたいと思っている』という説明はありつつも、具体的に『この台詞はこんなふうに言ってほしい』みたいな演出は、ほぼないに等しかったです。あとはもう本当に、『生きて』みたいな感じでカメラが回るので……」
それは俳優としての経験も持つ監督だからこそ、たどり着いた撮影方法でもあったのでは、と萩原。
「役者をしていると、やっぱり(芝居の)鮮度を保つっていうことが本当に難しいな、と感じるんです。テイクを重ねれば重ねるほど慣れていってしまうし、段取りで一番最初にやってみた時に実は一番発見があったり、生の感情が出たりもするし。だからこそ、僕は普段はそこで全部を出さないように抑えていたり、いかに本番に全部を懸けるか、というのを大事にしていたりもするんですけど、それもいつも完璧にできるわけではない。そういうことを匠海自身も経験しているからこそ、今回はそういった芝居の鮮度が落ちる要因を全て排除した状態で撮影しようと考えたのだと思います。ただ、それをやるためには(俳優がどう動いても常に対応できるように)スタッフさんもものすごい細かな準備が必要だっただろうし、その一つ一つがすごく大変なことだったと思うので。本当に斬新というか、口で言うほど簡単ではないことに、彼は本作で挑戦していたのだと思います」
続きは日本映画ナビvol.116をご覧ください。
1999年2月28日生まれ、埼玉県出身。子役時代からバラエティー番組などで活躍。映画『十二人の死にたい子どもたち』(19年)テレビドラマ「3年A組-今から皆さんは、人質です-」(19年)など話題作に出演し、映画化もされたドラマ「美しい彼」シリーズ(21年、23年)でブレイク。近作に『ミステリと言う勿れ』(23年)『朽ちないサクラ』『キングダム 大将軍の帰還』(24年)など。『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』が4月に公開を控える。
写真/竹中圭樹(アーティストフォトスタジオ) 文/深田尚子 ヘア&メイク/ Emiy スタイリング/ Shinya Tokita
衣装/ジャケット ¥88,000、シャツ ¥45,100、パンツ ¥56,100(インカミング/コンクリート/070-9199-0913) その他スタイリスト私物