東映チャンネルで、降旗康男監督の生誕90年&没後5年に際して、監督デビュー作の『非行少女ヨーコ』(66)が放送される。同作に主演した緑魔子に、降旗監督の思い出や、夫の石橋蓮司との共演、作品について聞いた。
降旗さんは、とても背が高くてハンサムで、色が白くてもの静かな感じの人でした。監督さんというよりもお兄さんという感じ。『非行少女ヨーコ』は、あまり当時の東映っぽくない映画だと思います。仲沢半次郎さんのカメラもすごく斬新で、いろいろなことを試しているような感じでした。
あの頃は、今とは全然違って、睡眠薬とか、夜遊びとか、ジャズとかすごかったんですよ。だからこの映画にも全く違和感がないの。明け方の新宿にはあんな感じの若者がいっぱいいましたから。
印象に残っているのは、最後にヨーコが初めて「さよなら」って言った時の目の輝き。これからどうなっていくのか分からないけど、夢を重ねて、何かすごくうれしそうに「さよなら」って。今の子の目と違うような気がするんです。時代が違うということだと思うんだけど、あの時代を反映しているんじゃないかな。あの時代に生きた少女の目なんじゃないかなと勝手に理屈を付けているんですけど。
若い頃の自分を見ると、自分だとは全く思えないです。ちょっと恥ずかしい。逆に若い時は分からなかったことが今は理解できます。あの時は自分のことばかり見ていたので。今、客観的に映画を見たら、そういう意味でものすごく新鮮でした、ちょっと変わった映画というか、都会的な映画という感じがしました。
この映画の時は、石橋はまだ友達の1人でした。深い付き合いはなかったです。結髪の人が「あんな不良と付き合うんじゃないよ」って。それでも、「僕と2週間でいいから付き合ってくれない。一緒に住んでくれない」って言うの。図々しいのよね(笑)。それで私、「お断りします」って言ったんだけど…。でも、とにかく面白い人なんです。「僕と付き合ったら一生退屈させない」って言うの。私は生きていることを忘れたいというタイプだったから、それなら楽しく生きられるかもしれないと思って。その後、蜷川幸雄さんと出会って演劇活動をやっている姿を見て、私も共感するものがあって彼を見直しました。それからまあいろいろとあって、やっぱり先輩の言うことを聞いておけばよかったと思うときもあったけど(笑)、今も仲良くやっています。
この映画を通して、今の若者に60年代や70年代の若者の姿を見てほしい。ちゃらんぽらんだけど、お金だけじゃないよ、だからあなたたちも大丈夫だよって言いたいの。さっき目が違うと言ったけど、今は価値観を制約されていると思うけど、夢を持ってねって。私はそういう意味で、この映画を見てって言いたいの。あなたたちは素晴らしいよって言いたいんです。
みどり・まこ
1944年3月26日生まれ。台湾で生まれ宮崎県で育つ。64年、映画『二匹の牝犬』でデビューし、ブルーリボン新人賞を受賞。76年、石橋蓮司らと劇団第七病棟を創設。85年、舞台『ビニールの城』で紀伊國屋演劇賞 個人賞を受賞するなど、数多くのドラマ、映画、舞台で活躍している。